佐藤浩市と三國連太郎の確執の真実は?共演で和解!その映画は「美味しんぼ」

皆さんもご存知、日本を代表する演技派俳優、佐藤浩市さん。ドラマ、映画、CMなどと幅広く活躍されていますので、見たことのない人は恐らくいないのではないでしょうか。

そんな佐藤浩市さんの実の父親は、昭和の大俳優、故三國連太郎さんである事をご存知でしょうか。しかし佐藤浩市さんと三國連太郎さんは複雑な事情があり、確執があると言われています。

なぜ、親子なのに二人は不仲なのでしょうか。

しかし、ある映画で共演した事をきっかけに和解したという噂があります。その事実を調べて参りましたので、ご紹介いたします。

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佐藤浩市と三國連太郎の確執とは?

佐藤浩市さんと言えば、見た目の渋さから「アンフェア」や「64(ロクヨン)」など刑事役のイメージの多い俳優さんですが、意外とさまざまな役柄を演じていらっしゃる超演技派の俳優さんです。

父の三國連太郎さんも名俳優です。有名な映画で言うと「釣りバカ日誌」という映画は最近の若い方でも知っているのではないでしょうか。

現在でも大活躍している西田敏行さんがコミカルな演技で主役を演じていました。その大人気映画の重要人物である「スーさん」役を演じていたのが三國連太郎さんです。

2013年に三國連太郎さんは長い俳優人生を全うされてお亡くなりになりました。佐藤浩市さんの演技力の高さは、当然三國連太郎さんの遺伝子を受け継いでいる部分もあるでしょう。

しかし、親子ながら確執があったとはどうゆうことでしょうか?

お父さんの三國連太郎さんは四度の結婚をしています。佐藤浩市さんはその三番目の奥さんとの間に産まれたそうです。しかし、三國連太郎さんは佐藤浩市さんが小学6年生のとき他の女性の所へ行き、家を出て行ってしまったそうです。

そのときに「今後一切、お前との関係は経つ、一生懸命に自立して生きなさい」と言われたそうです。若い頃の三國連太郎、、、イケメンですねー女もほっとかないでしょうけど!

そんな冷酷な言葉を小学6年の子が父親から聞かされて、どんな気持ちだったでしょうか。きっとわけも分からず、後からその意味を知ったのでしょうね。嫌いになるのも分かりますよね。自分と母親を捨てたも同然なんですから。

その後、母親が女手一つで育ててくれたそうです。確執は当然そんな三國連太郎さんの自由奔放な私生活が影響していたに違いありません。

そして佐藤浩市さんが大人になり、自分の父と同じ道を進むことに決めたときに、父親に会いに行ったそうです。そのときに言われた言葉が「おやりになるなら親子の縁を切りましょう」だそう。

皆さんならどう思いますか?これは。。。どういう意味なんでしょうね?芸能界からだ縁故がモノを言うので、「俺の力を頼っているようでは通用しないのでやめなさい」っていう意味でしょうか?

後に、三國連太郎さんはそのときの言葉の意味を「俳優という職業に関して自分が支えになる自信がなかった」と言っていたそう。

ん〜逆なんですか?「縁故を使わせたいけど、力になれるかわからない」って言う感じ?まあ亡くなっているので、本当に自信がなかっただけなのかは誰にも分かりませんが。

当然、二人の関係は良くなることは無く、共演したり顔を合わせることもほぼ無かったそうです。

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共演で和解?映画「美味しんぼ」での佐藤浩市と三國連太郎

 ある映画で、親子初の共演が果たされる日が来ました。1996年公開の映画「美味しんぼ」です。

佐藤浩市さん本人が、初めての親子共演は「美味しんぼ」であったと語っています。その映画での共演で和解したという噂ですが、真相はというと?

映画での役柄は主人公と、その父親、つまり親子役だったそうです。しかも、主人公と父親の間に確執があるという設定でした。

実際に似ている役柄を演じた二人はどのような気持ちで共演したのでしょうか。和解どころかその逆で、その制作発表会がきっかけで二人の不仲は公に広まった模様です。

お互いに「佐藤さん」「三國さん」と他人行儀で呼び合い、佐藤浩市さんが「俳優はサービス業」という発言をしたことに対して、三國連太郎さんが「その考えは間違ってる」と反論する場面もあったそうです。

一気に会場の雰囲気が悪くなり、共演していた女優さんの笑顔も引きつったほど。そんな一幕もあり、確執は続いていくのかように思われましたがその後、確執は徐々に解消されていきます。

そのきっかけは佐藤浩市さんの息子、三國連太郎さんの孫だったと言われています。佐藤浩市さんは二度結婚していて、一人目と二人目に一人ずつ息子がいらっしゃいます。

あまりに多忙な佐藤浩市さんに代わって、三國連太郎さんは非常に孫を可愛がったそうです。

佐藤浩市さんにそうしてあげなかった分、余計に孫を可愛がったのかもしれないですね。もしかすると息子に対しての罪滅ぼしだったのかも・・・?孫を間に挟んで少しずつ親子の関係は改善されていったのでしょう。

その後、お孫さんの学校行事で朗読劇を披露した事もあるそう。

そして2008年のANAのCMで久々の親子共演を果たし、すっかり確執のない仲良さそうな親子の姿を披露しています。

 

まとめ

・佐藤浩市と三國連太郎の確執は、三國連太郎の奔放な性格が災いして家族を残して出て行ったことから始まった。

・初共演した「美味しんぼ」で和解したのではなく、制作発表で不仲が公になり加速した。

・しかし佐藤浩市さんの息子のおかげで、確執は改善に向かった。

三國連太郎さんが亡くなる前に仲が改善されたのは、本当によかったと思います。残された時間を親子で笑いながら過ごせたのではないでしょうか。それにしても親子揃って、俳優として輝かしい人生を送られているなんて、すごい遺伝子。

これからも佐藤浩市さんのご活躍をお祈りしております。

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